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6月は母を想うとき

6月4日は父が名づけた、紫陽花忌です。
母がなくなってから29年たった今年も紫陽花が咲きました。
紫陽花は、母が大好きな花でした、とはいっても、この花は新しく父が植えたもの、
この家を建てたときに、敷地がせまくなるため根こそぎ花を抜かねばならず
残念ながら母の愛でた、ほのかな水色の紫陽花は、もうないのですが
奇しくもその紫陽花が咲き初める頃、さよならも言わずに、母はいってしまいました。

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母が亡くなった悲しみは、あまりにも大きくて
押しつぶされそうになりながらも、頭の中では、しかりしなくちゃ、しっかりしなくちゃ
その言葉だけが、壊れたレコードのように繰り返されていました。
母の状態を隠していたため、突然の娘の死に半狂乱の祖母、
これから人生をともに歩いていくはずだった妻を突然失った父、
私は泣いている暇なんかないんだと
ぴたりと出口を失ってしまったように涙が出なくなりました。

そんな時に、今でもありありと思い出せる、ある不思議な感覚を味わいました。
足は地に着いていながら、地に着いていない。
ふわふわと、からだだけが、やるべきことをやっているような
それはたぶん家で仮通夜がある夕暮れ時のことだったと思います。

母の旧知の友人が家に来るときに、道に迷ったと、ある店から電話をしてきました。
その男性は、私も幼い頃から可愛がってもらった知り合いで、
電話ではしたたかに酔って、泣いていました。
これは私が迎えにいかなければ。。

私はなぜか走りました、それはまるで足が勝手に走りだしたような感じでしたが
夢中で走っていたら、突然ふっと足が軽くなったように思ったのです。
まだ明るい6月の夕風が、なぜかとっても気持ちよくて
走っているのが、心地よくてしかたありませんでした、
そしてその時、身体中が母を感じ、母も一緒に走ってる!と思ったのです。

何故だかわからないけれど、
となりで、母も気持ちよく風を受けながら、私に寄り添ってくれているように感じたのです。
不思議で、悲しくて、何故だか心癒される心地がしました。

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母はあの時も、今も、風になり、花になりして
私のそばに来てくれるのだと思います、
悲しまないでね、大丈夫、お母さんはここにいるよって言いながら。
だからこの日はこの月は、悲しいときではなく大切なとき、母を想うときになりました。
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by yuruko3 | 2009-06-15 20:45